腹腔鏡下小切開前立腺手術

Ⅰ.腹腔鏡下小切開前立腺全摘除術の概要

 前立腺がんは欧米では男性で最も多いがんで、肺がんについで2番目の死因となっております。日本でも生活の西欧化にともない前立腺がんは増加しております。前立腺がんの治療は、手術、放射線治療、ホルモン治療の3本柱で成り立っています。今回、ミニマム創前立腺全摘除術を受けられるに際して、以下の点についてよくご理解、ご了解をお願いいたします。 腹腔鏡手術は1992 年ころより、多くの患者様の治療として応用されております。しかし、従来行われて来た開腹手術と比較しますと以下の点で相違があります。
腹腔鏡下小切開手術の利点
  1. お腹を大きく切らずに治療を受けることができ、傷も小さくてすみます。
  2. 内視鏡(カメラ) を併用することにより、小さな穴から体腔内を詳しく観察できます。
  3. 体表の傷が小さいため、術後の疼痛も軽減されます。
腹腔鏡下小切開手術の欠点
  1. ミニマム創という限られた視野で、制約のある手術器具を使用しての手術になりますので、開腹の手術よりも高度の技術を要し、周囲の臓器を損傷する場合があります。
  2. ミニマム創の手術は、出血量は開放手術より少ないが、反対に出血が多くなると止血が困難で手術が進められなくなります。対策:止血が困難な場合は従来の手術に速やかに移行します。
  3. 手術時間は平均3-4時間ですが、皮下脂肪が厚くなると手術時間が延長します。

Ⅱ.腹腔鏡下小切開前立腺全摘除術とはどのような手術か

  1. 全身麻酔にて行います。術中の麻酔の補助,術後の痛みを和らげるため背中から硬膜外麻酔用のチューブを入れることもあります。
  2. 臍より下の皮膚を約5cm縦切開します。リンパ節をとる場合には,両側の閉鎖リンパ節を切除します。リンパ節をとるかどうかは手術前の病巣の広がり,前立腺特異抗原(PSA)の値,生検での悪性度によって決定します。
  3. 前立腺前面の太い血管を処理して,前立腺と尿道,前立腺と膀胱を切り離して,前立腺・精嚢をとり出します。
  4. 膀胱と尿道をつなぎ合わせて,尿をとりだす管(尿道バルーンカテーテル)を尿道から膀胱内に入れておきます。
  5. 膀胱と尿道をつないだ周辺に管(ドレーン)を入れて創を閉じます。
  6. 手術時間は平均5-6時間で麻酔時間の入れると7-8時間で手術室から戻ってきます。
  7. 手術当日は,酸素吸入,点滴がされます。ベッド上安静で歩行,食事はできません。
  8. 手術翌日(1日目)から2日目には状態に応じて,飲水,食事,歩行が可能となります。
  9. 術後ドレーンからの液が減少すれば抜きます。1週から2週目に尿道バルーンカテーテルから造影検査をして,膀胱と尿道が漏れなくうまくつながっていればカテーテルを抜きます。漏れがある場合には1週ほど先にもう一度造影検査をします。
  10.  カテーテル抜去直後は,尿が自分の意思とは関係なく漏れやすい状態(尿失禁)ですが,徐々に良くなっていきます。ただ完全に失禁がとまるには数ヶ月から1年近くかかることがあります。
  11. カテーテルを抜いて1週ほどで退院可能となります。すなわち入院期間は,通常3-4週間となります。

Ⅲ.合併症とその対応について

(1)出血

 前立腺周囲には太い血管が多く,ときに出血をきたします。手術前にご自分の血液を保存してこれを手術中に輸血することがあります。これでも血液が足りない場合には他の方の血液を輸血することになります。(自己血800ml使用で、他人血輸血率5%程度)

(2)直腸損傷(頻度約2%)

 前立腺の後面は直腸が接しています。前立腺周囲に炎症がある場合やがんが浸潤している場合には直腸との間に癒着があって前立腺と直腸の間をはがす時に直腸に穴があくことがあります。小さな穴の場合にはそのまま閉じて,術後しばらく絶食となりますが,大きな穴の場合や直腸壁がうすい場合には大腸を左下腹部から引き出して人工肛門をつくり一時的に大便をここから出すようにします。術後落ち着いたら人工肛門を閉じて手術前の状態に戻ります。まれに手術中直腸損傷が確認できず,術後にわかることがあり,緊急手術が必要となることがあります。

(3)尿失禁

 前立腺と尿道の周囲には尿の漏れをとめる括約筋という筋肉があります。前立腺全摘除術では括約筋の一部をとらざるをえないため術後尿失禁となります。したがって術後はしばらく尿パッド(おむつ)が必要となります。通常は1年ぐらいでほとんど漏れない状態(お腹に力が加わると少し漏れる程度)になりますが,ごくまれに完全失禁状態となります(5-10%)。この場合には,内視鏡的に尿道周囲にコラーゲンを注入して尿道を細くしたり,尿道のまわりをしめつける人工括約筋を装着する手術が必要になります。一般に70歳をこえると失禁の率が高くなるといわれています。ごく軽度の腹圧性尿失禁や、頻尿は30-70%に見られます。手術後に放射線療法を行うと、尿失禁の頻度が高くなります。

(4)男性機能障害

 前立腺・尿道の後面には勃起神経が左右2本ありますが,手術のときやむをえずとることがあり、その場合には術後勃起できなくなります(ED)。またこの神経は非常に細く、神経の温存しようとしても術後に確実に勃起能が回復するとは限りません。両側温存でも30-50%での回復率ですが,片側の場合には10-30%程度の回復率です。また,前立腺全摘後,勃起が可能になっても射精はできません(不妊症になります)。

(5)その他

 通常の開腹手術でも起こりうる合併症として,創感染で創が開いたり,筋膜が開いて創ヘルニア(創の部分が飛び出す状態)になったりすることがあります。また,術後性肺炎が発症したり、骨盤内に液体がたまったり,鼠径ヘルニア(脱腸)になったりすることもあります。これらのなかには再手術が必要な場合もあります。また、まれではありますが、脚の静脈に血栓ができ、手術後にこの血栓が肺の血管を閉塞する重い合併症(肺梗塞)の危険性もあります。

Ⅳ.手術によるがんの根治性と再発時の治療について

 立腺全摘除術は,がんが前立腺にとどまっていると診断された方に対して,がんを完全にとりのぞくことを期待して行う手術です。しかし前立腺がんは手術前に病巣の広がりを正確には診断できません。1994年から2000年までに60人の患者様に手術を行いましたが,手術前には前立腺内にとどまっていると診断しても手術後の病理の検討では約30%の方ですでにがんが前立腺外にとび出している状態でした。手術後がんがなければPSAの値は0ですが,PSAが少しずつ上昇してきている方がやはり30%おられます。再発部位が骨盤内の局所であれば放射線治療が,骨などの全身性の再発であればホルモン治療が選択されます。

Ⅴ.退院後経過観察予定

 退院後も定期的な経過観察が必要です。標準的な経過観察の予定は以下のようになっています。

血中PSAの測定

 術後1年間は毎月測定します。 その後は3ヶ月に1回測定します。 PSAが上昇してくる場合には、直腸から膀胱尿道吻合部をマッサージした後に尿を採取してPSAを検査します。また、骨盤MRI、CT、骨シンチグラフィーなどの検査も行います。 その結果などを参考に、追加治療(放射線療法や内分泌療法)についてご相談します。

 前立腺腫瘍は、進行の遅いのが特徴です。10年以上たってからも再発することがありますので、何年経っても定期的に受診して下さい。

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