腎臓移植

Ⅰ.腎不全の病態生理について

a)腎不全の治療法について
 腎不全の治療法は,現在のところ2つしかありません。すなわち,透析療法(血液透析,腹膜透析)と腎移植術です。このうち,今回あなたが受けようとしている腎移植術が,腎不全の唯―の根治療法と言われています。ただし,腎移植術は心臓や肝臓などの移植術と違って,それを受けなければ直ちに死んでしまうというわけではありません。現在のあなたがそうであるように,透析療法を受けることにより生活の質はともかくとして,生きていくことは可能です。このように,腎移植術は,生存率の向上(後で述べます)と共に生活の質の向上をはかる治療法であり,治療を受けるあなたが,ご自分で選択されるものであることをよく認識して下さい。
 
b)腎不全の病態について
 尿毒素の体内でのレベルが健常者の10-20倍あり(たとえば,血清のクレアチニンは健常者で1.0 mg/dlですが,透析患者さんの場合,6-15mg/dlあります),尿毒素が体内に充満している状態にあります。これは生体にとって不健康な状態であり,これが,腎不全患者さんの生命予後を悪化させているのです。また,尿毒素症状が引き起こす様々な合併症として,腎性骨症,アミロイドーシス,動脈硬化などがあり,これらの合併症も生命予後を悪くする原因となっています。さらに,透析ごとに,体重が2-3kg増加することも心臓や血管に悪い影響を与え,生命予後を悪くしているともいわれています。

Ⅱ.腎移植術と透析療法の比較検討

a)生存率について
 腎移植後の生存率は透析療法に比べて良好です。たとえば,腎移植後10年生存率は約90%ですが,透析療法では33-80%前後と言われています。
 
b)生活の質(QOL)の差について
 透析療法は時間的制限,飲水制限,食事制限など様々な制限がありますが,移植後はこれらはほとんどなくなります。

Ⅲ.移植患者さんの生存率と移植腎の生着率について

 腎移植の相性(HLAマッチング,クロスマッチなどについて)は,たとえ適合性が悪くても現在では免疫抑制剤が進歩したため生存率,生着率に大差はなく,大きな問題とはなりません。
 日本では現在腎移植が,年間数百例行なわれています。とくに,免疫抑制剤サンディミュン(サイクロスポリン,シクロスポリン),プログラフ(タクロリムス)が使用されてから,腎移植の成績は大幅に向上しました。最近10年問に免疫抑制剤サンディミュン,プログラフを使用して行なわれた腎移植の成績についてまとめたものを示します。生存率は,全体として,1年97%,5年95%,10年93%前後です。生着率は,全体として,1年95%,5年80%,10年70%前後です。死亡の原因は様々ですが1年以内に死亡する可能性もありえます。ちなみに,私(高井)は1996年より2005年度まで合計39例(生体腎移植36例,献腎移植3例、ABO血液型不適合9例、夫婦間15例)の腎移植を行いましたが,残念ながらこのうち1名の方が腎移植後1年半で、死亡されました。生存率は、1年:100% 5年:97.8%。生着率1年:95.1% 5年:93.1%でした。
 移植腎機能廃絶の原因として多いのは,急性および慢性拒絶反応ですが,腎炎の再発なども原因となります。

Ⅳ.HLA組織適合性検査結果

 移植抗原(全ての細胞表面にある自己と自分以外の非自己を区別するための抗原。この抗原がよく似ていれば、拒絶反応が起きにくく移植腎が生着しやすい)の代表的なものがHLA抗原と呼ばれ、リンパ球(白血球)を使って検査するため白血球の血液型とも言われています。HLA-A座、HLA-B座、HLA-DR座の各座に2個づつあり、合計6個の抗原の一致数が多ければ多いほど移植腎生着成績が良好であると言われています。

Ⅴ.術前検査について

 長期間の透析療法は、あなたの心臓、肝臓、胃腸、骨関節に色々な障害を起こします。あなたが移植手術そのものを安全に受けるためにも、また、移植後の免疫抑制療法を安全に行うためにも、予め移植手術を受けることを念頭に置いた検査が必要です。あなたの今までに罹った病気は、透析療法に入ってからだけでなく、子供の時代までさかのぼって思い出していただき、担当の医師や看護婦に教えて下さい。特に、ここ1年間にあなたの体に起こった事は、どんな些細なことでもお話し下さい。それが隠れた胃潰瘍とか慢性の病気、あるいは心臓の病気を発見するきっかけとなる事があります。

Ⅵ.移植手術について

a)提供者の手術
 腹腔鏡下腎摘除術を行います。開腹手術に比較し、疼痛が少なく、入院期間も短縮されます。入院期間は個人差がありますが、5-14日程度です。

 手術の方法
 1.全身麻酔にて行います。術中の麻酔の補助,術後の痛みを和らげるため背中から硬膜外麻酔用のチューブを入れることもあります。
 2.腹部に約7cmの切開を加え、手が内部に入るようにすると同時に、腎臓の摘出用の穴を作ります。
 3.2.腹部に4~5か所、1~3cmの傷から、トロカーと呼ばれる筒状の器具を留置します。内視鏡や手術に使う器具はこの器具から出し入れします。
 4.二酸化炭素を注入しておなかを膨らませ、腎臓や尿管が内視鏡で見えるようにします。
 5.細長いはさみや器具をトロカーから入れ、内視鏡で見ながら操作を行います。
 6.腎血管をクリップで止めた後に切断し、腎臓を体外に取り出します。
 手術した部分からの出血や滲出液を体の外に出すために、ドレーンという細い管を傷の一つからおなかの中に入れて手術を終了します。


b)レシピエントの手術
 提供者の腎臓が右でも左でも、あなたの下腹部に移植します。具体的には、右の腰骨(コシボネ)の上内側から恥骨の上縁に向かって弓状に約20cmの長さで皮膚を切開し、その下の筋膜と筋肉を開きます。その下にある腹膜も開けてしまうと、いわゆる盲腸(虫垂炎)の手術になり、お腹(腹腔)の中に入ってしまいます。しかし、移植の手術では、腹膜を開けず、従ってお腹の中には入りません。腹膜の外側で骨盤の底に空間を作り腎臓を置きます。結局、胃とか腸には触りませんから、術後の腹膜炎とか腸閉塞の危険はほとんどありません。腎臓の動脈を骨盤内の臓器(直腸、膀胱、子宮など)に流入する内腸骨動脈と、腎臓の静脈は足から戻ってくる外腸骨静脈につなぎます(吻合)。腎臓から尿を出す管(尿管)は、新たに膀胱につなぎます。
 提供された腎臓とあなたの動静脈の2本の血管がつながれ、血液を遮断していたクランプを解放すると、新たにあなたの血液が腎臓に流れ込みます。見る間に冷やされた白い腎臓が暖かくピンク色に変わります。その後、提供腎の尿管を膀胱につなぐと、移植手術の主な作業は終わります。
 通常は,輸血はしませんが,必要があれば輸血することもあります。術後は,術後,1-2日間は集中治療室で過ごします。3日間のベッド上安静を要します。生体腎の場合,術直後より尿の流出をみるのが普通ですが,まれに腎臓がー時休止状態(急性尿細管壊死)となり,透析を必要とすることがあります。しかし,このような時でも,透析を行いつつ2-3週間待って
いれば,ほとんどは回復します。

Ⅶ.拒絶反応について

 HLA抗原などの移植抗原が全く適合する兄弟間の移植を除いて(ほとんど拒絶反応が起きません)、私たちの腎移植の経験では、移植手術後3ヶ月以内に急性拒絶反応が出現する頻度は30%ぐらいです。教科書では拒絶反応の症状として、38℃もの熱が出て移植された腎臓も腫れて痛くなり、今まで順調に出ていた尿が急激に減ると記載されています。しかし、最近のように良く効く免疫抑制剤が使われるようになると、はっきりと症状の出る重症の拒絶反応が出現することは稀になりました。
 超音波やアイソトープを使って間接的に腎臓の血液の流れ具合を参考にしたり、腎臓組織を採取する「移植腎生検」で、やっと拒絶反応を診断できます。
 (腎生検:移植腎に針を刺し、腎組織の一部を採取して腎臓に何が起きているかを顕微鏡などを使って直接観察する検査。拒絶反応を最も正確に診断できます。移植した腎臓は右下腹部の皮膚の直下にあるため、以前あなたが受けた様な自分の本来の腎臓の生検より簡単に施行できます)。
 約30%の症例で急性拒絶反応が出現しますが,そのほとんど(95%以上)は治療により回復します。1回の拒絶反応の治療に反応せず透析にもどる可能性は1-2%程度です。拒絶反応の診断のために移植腎を超音波で見たり,腎血流シンチを行ったり,腎生検をおこなったりします。拒絶反応によりー時的に尿が出なくなることがありますが,これは2-3週間透析を行いながら待っていれば,また,出るようになるので心配いりません。拒絶反応の約80%は術後3-4ヶ月以内に発生するため,この期間は注意が必要であり,外来も月2-6回程度の通院を必要としますが,それ以降は,間隔がだんだんあけられるようになり,最終的には,月1回の通院でよくなります。

Ⅷ.免疫抑制剤について

 免疫抑制剤は,移植腎が生着している限りのみつづけなくてはいけません。長期にわたって内服する薬剤は通常,3-4剤の免疫抑制剤を組み合わせて使用します。それぞれの免疫抑制剤は拒絶反応の違った段階に作用するようになっており,組み合わせて使うことにより,より有効に拒絶反応を抑制できるように工夫されています。また薬剤を組み合わせることにより各薬剤の使用量を減らすことができ,副作用を予防することもできます。主な免疫抑制剤としては,以下のものがあります。
 プログラフ(タクロリムス,FK506)、サンディミュン,ネオーラル(サイクロスポリン,シクロスポリン)、セルセプト(MMF,ミコフェノール酸モフェチル)、サーティカン(エベロリムス)、ブレディニン(ミゾリビン),メドロール(ステロイド)、イムラン(アザチオプリン)

プログラフ(タクロリムス,FK506)

 同じくリンパ球の増殖を強く抑制することにより,免疫抑制作用を発揮します。副作用としては,腎障害,糖尿病などがあります。サンディミュン(サイクロスポリン,シクロスポリン)同じく,血中濃度を測定しながら内服量を調節し,副作用(特に腎障害,糖尿病など)を予防しつつ,最大の免疫抑制効果が得られるようにします。副作用のほとんどは内服量の調節により予防可能です。

 グラセプター(タクロリムス)

 プログラフと同じものですが、一日一回の内服で血中濃度のコントロールが可能です。腎移植後半年を経過し、安定したところでプログラフからの切り替えを行います。

 サンディミュン,ネオーラル(サイクロスポリン,シクロスポリン)

 プログラフと同じく、リンパ球の増殖を強く抑制することにより,免疫抑制作用を発揮します。副作用としては,腎障害,多毛,手指の振戦,歯肉の肥厚などがあります。血中濃度を測定しながら内服量を調節し,副作用(特に腎障害)を予防しつつ,最大の免疫抑制効果が得られるようにします。副作用のほとんどは内服量の調節により予防可能です。

メドロール(ステロイド)

 免疫反応全体に抑制効果を持つ極めて重要な免疫抑制剤です。重要な免疫抑制剤ですが,肥満、満月様顔貌(ムーンフェイス)、ニキビ、皮膚線状、消化性潰瘍、白内障、無腐性骨壊死(荷重のかかる大腿骨骨頭などの骨が崩れる病気)、易感染性、高血圧、高血糖など合併症の原因となるためできるだけ減量するようにしています。しかし,減らしすぎると,拒絶反応を引き起こし,移植腎喪失の原因となるため医師の服薬指示を必ず守ってください。

セルセプト(MMF,ミコフェノール酸モフェチル)、ブレディニン(ミゾリビン)

 3剤とも非常に似た薬です。リンパ球の増殖を抑制します。副作用として,白血球が減少することがあります。通常,プログラフ(ないしはネオーラル),メドロールと組み合わせて用いられます。

サーティカン(Everolimus)

 mTOR阻害薬という新しい薬で、通常1.5mgを一日2回に分けて12時間毎に服用します。リンパ球の情報伝達経路の一部を遮断する薬剤です。血中濃度の調整が必要なため、朝9時、21時の服用が望ましいです。
 
 以上のような免疫抑制剤は内服量の調節が非常に難しく,多すぎると毒性が出やすくなり,逆に減らしすぎると拒絶反応を引き起こし,移植腎喪失の原因となることもあります。このため,頻回に,薬物の血中濃度を測定しつつ投与量を調節しています。医師の服薬指示を必ず守って服用するようにしてください。もし服薬について納得がゆかなかったり,不審に感じたりしたときは質問して下さい。けっして自分勝手に服薬を中止したり,減量したりしないで下さい。

Ⅸ.免疫抑制剤内服中の妊娠あるいは配偶者(妻)への妊孕について

 「有益性が胎児に対する危険性より優れる場合を除いて、妊娠女性に投与してはならない。」と、一般的な説明がされています。
 私たちは、「男性、女性とも、移植後2年間は有効な避妊をすること。その後の妊娠あるいは妊孕については、避妊の中止あるいは妊娠継続の妥当性について、個々の場合に応じて相談する。」との方針です。

Ⅹ.免疫不全について

 腎移植で使われる拒絶反応の予防あるいは治療薬は、特異的に提供者の腎臓に対してだけに働いてくれれば安全です。しかし、残念ながら、あなたの体の全ての免疫力=抵抗力までも落としてしまいます。免疫抑制剤が両刃の刃と言われる所以です。拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を使いすぎれば免疫不全が、少なすぎれば拒絶反応が起き、最終的に腎不全に逆戻りしてしまいます。あなたの状態にあった適量の決定が大切になります。
 免疫能の低下は、短期には易感染性、長期には発癌性が間題となります。これらの危険性は確かに免疫抑制剤を使用していなヒトより高くなりますが、免疫抑制剤により移植腎が生着して慢性腎不全から回復することは、慢性腎不全で透析療法を続けることと較べ、肉体的・精神的な利益がともに総合的に勝っているとされ、その使用の妥当性が医学的にも証明されています。
 また、最近の医学の進歩は、感染症、癌の早期発見の診断技術の普及や有効な治療薬の開発をもたらし、腎移植患者の長期延命を可能にしています。安心して下さい。

XI.移植腎の寿命

 提供された腎臓は、加齢(腎臓も歳をとります)、拒絶反応(一卵性双生児でない限りあなたと全く同じ移植抗原を持ったヒトは存在しません)、長期に服用する薬剤の腎障害、腎不全となった腎臓病の再発などの原因により、たとえ症状がなく、また検査でさえ発見できなくても、少しずつ移植腎機能は低下しています。健康な人の腎臓でも80歳になれば、加齢により腎機能は1/2になってしまいます。親子間で移植された腎の寿命は、約10-15年です(100人腎移植患者が、徐々に移植腎が機能を落とし、50人に半減する期間として算定)。
 あなたの腎臓病が全身性の疾患(糖尿病、SLEなどの膠原病など)の合併症として発症した場合は、今回の移植された腎臓にも同じ腎臓の病気が起きる可能性があります。ある種の糸球体腎炎(巣状糸球体硬化症など)にも、同じ腎炎が移植腎に再発することが報告されています。
 また、10年以上生着している腎移植患者さんの大部分の移植腎機能の喪失原因は、移植腎の機能低下による慢性腎不全ではなく、腎不全でないヒトと同じように脳血管障害、心臓病、癌により死亡されたことによります。
 移植腎を長期に生着させるためには、その器であるあなたの体を良好な状態に保つことが重要になります。
 移植腎機能は、提供者の年齢も重要です。50歳以上の方からの移植では10年以降の生着率が、60歳以上の提供者の方からの移植では5年以降の生着率が低下するとの報告があります。

XII.腎移植手術(治療)の危険性

(1)術後1ヶ月以内

 腎移植手術は、確立された手術術式であり、生命を脅かす危険性はほとんど無いといえます。しかし、麻酔薬による不慮の死亡は、1万から2万件に1件の確率で出現するとの医療統計が報告されています。
 合併症のほとんどは免疫抑制剤の副作用として発生します。主なものはステロイド剤による白内障,糖尿病があります。どちらも10-20%の頻度で出現しますが,手術を要したり,インスリンを打ち続けたりするようなものは3-4%と多くはありません。ときにステロイドによる消化管からの出血が見られますが,予防的に薬剤を投与するためほとんどみられなくなりました。感染症(特にサイトメガロウイルスや細菌,真菌によるものが多い)もときに見られますが,診断法と治療剤の進歩により重大なものは少なくなりました。しかし,定期的な検査と予防は欠かすことができません。免疫抑制にともない癌の発生率が高くなるとの報告があります。健常者の4-5倍といわれています。癌の発生については腎不全患者での発生率と腎移植後で大きな差はないとも言われています。その他,前にも述べたように多毛や振戦,下痢がありますが,重大なものではありません。

(2)術後3ケ月以内

 拒絶反応の治療のため大量に免疫抑制剤を使用して、免疫能が低下した場合にのみ間題となります。そうでない場合は、比較的安定した期間といえます。
 免疫不全による合併症としては
 ・重症肺感染などの日和見感染(通常害をなさないような常在している細菌、ウイルスなどが、あなたの抵抗力が弱またことをきっかけに症状を出す感染症。)

(3)長期の日常生活に支障を来す主な合併症

 主に免疫抑制剤による副作用が間題になります。また、長期の透析合併症がそのまま持続することがあります。
 
 ・白内障、緑内障
 ・ステロイド糖尿病、慢性肝炎
 ・大腿骨骨頭などに起きる無腐性骨壌死
 ・高血圧症、高脂血症などによる動脈硬化症
 ・帯状庖疹
 ・悪性腫瘍

(4)移植腎機能が廃絶したら

 たとえ拒絶反応や腎炎の再発で移植腎機能が廃絶しても、適切に透析療法に移行すれば何ら危険はありません。急速に機能が廃絶する事の多い1年以内の機能廃絶の場合は、移植腎を摘出します。一方、長期に機能していた移植腎が慢性的に徐々に廃絶した場合は、移植腎をそのまま放置する事が多いようです。
 今まで内服していた免疫抑制剤は徐々に減量し、最終的には中止します。

XIII.腎移植手術後の予定は

(1)手術中に留置されたカテーテル(管)など

 ・内頚静脈点滴;十分に水分食事がとれるようになるまで、術後3-7日目に抜去
 ・膀胱内留置カテーテル;あなたの膀胱の大きさによりますが、術後7-14日目に抜去し、自分で排尿してもらいます。
 ・創部ドレーン(排液管);創部に溜まった体液や古い血液がドレーンから出なくなったら抜きます。目安は、術後3-7日目頃です。

(2)離床

 制限はありません。通常、2日目に自分で立ち体重を測定してもらいます。

(3)病室隔離

 術後14日目まで個室、その後大部屋に移動します。
 術後3週間目より院内の敷地内散歩の許可が出ます。
 退院は、術後20-40日目ぐらいを目安にしています。

(4)外来受診

 術後3-4ヶ月間は拒絶反応や感染症が多い時期であり,週1-2回の通院を要します。当科では退院後3ヶ月間、週1回の外来通院、その後、移植手術後半年以内は、1回/2週間毎に外来通院
 術後3年以内は、月1回の外来通院と月1回の採血検尿検査としています。

XIV.血液型不適合腎移植について

 輸血できない組み合わせ、すなわちA型からB型のような血液型の移植を血液型不適合腎移植と呼んでいます。
 血液型不適合腎移植では、レシピエントの中にある赤血球抗原を除去するために血漿交換という、体の中の血漿(血液中の蛋白質の成分)を交換する必要があります。通常、手術前に4回、手術後も拒絶反応や経過に応じて血漿交換を行う必要があります。場合によっては血漿交換の際に人の血液と交換するために輸血を行う場合もあります。
 血液型不適合腎移植では、通常の移植よりも免疫抑制剤の投与量が多くなります。とくに、ステロイドはその投与量が通常の2倍程度になります。代謝拮抗剤も1.5-2倍の投与量を必要とします。
 血液型不適合腎移植では、拒絶反応の発生を予防するために、脾臓の摘出をしなくてはなりません。そのため、上腹部に手術痕が生じます。また手術時間も2-3時間通常のものよりも長くなります。脾臓摘出は、開腹手術のほかに腹腔内視鏡手術もありますが、詳細は外科医師と話し合って決めていただいております。手術は、血漿交換のために、出血しやすい状態になっています。手術時間も長いため、手術際して輸血が必要になることが通常の移植より多いです。とくに術前に貧血がある場合には、しばしば輸血が行われます。
 血液型不適合腎移植に成績は、近年飛躍的に向上し、普通の腎移植とほとんど差がなくなりました。1993年の報告では1年生着率が93%とされていましたが、2003年には95-97%と報告されています。但し、腎移植後の1年以内の死亡率は、通常の腎移植に比較して高く、3-7%との報告があります。しかし、1年以降の腎移植の成績は通常の腎移植と全く変わりなく、血液型不適合腎移植だからよくないということはありません。

XV.不適合腎移植におけるリツキシマブの使用について

 ABO不適合腎移植では先に述べたように、脾臓摘出をしなくてはなりません。脾臓摘出においては、血漿交換の影響もあり、出血、膵損傷などの合併症を来たすことがあり、一般の手術に比較して、危険性が伴います。
 近年、脾臓摘出に代わって、リツキシマブを投与する治療法が、スウェーデン、日本などで行われるようになってきました。リツキシマブは、リンパ球のうち、脾臓に多く存在するBリンパ球を殺してしまう作用を持っています。リツキシマブを手術前に2回投与することにより、脾臓摘出と全く同じ成績が得られています。
 リツキシマブを投与する利点としては、脾臓摘出を行わないため、手術時間が2-3時間程度短縮されます。また、出血、脾臓損傷などの手術合併症がなくなります。ABO不適合腎移植は輸血に制限があるため、より安全な方法と考えます。
 リツキシマブを投与する欠点としては、薬剤の副作用があります。Bリンパ球を殺す薬ですので、やはり免疫抑制効果があります。そのため感染しやすい状態になります。腎移植においては免疫抑制剤を使用いたしますが、リツキシマブを投与するほうが、感染の可能性がより高くなります。脾臓摘出と感染の可能性については同様とする考え方もあり、どちらが一概に危険かは不明です。投与4-8週後に顆粒球減少の副作用を来たすことがありますが、治療薬により治療可能です。
 尚、リツキシマブはbリンパ球由来のリンパ腫の治療薬として開発され、腎移植への保険適応はありません。

XVI.糖尿病患者さんの腎移植について

 糖尿病は進行すると、腎機能障害、神経障害、網膜症といった合併症を引き起こしますが、腎機能障害が進行すると腎不全となります。
通常の糸球体腎炎や嚢胞腎の腎不全の方と異なり、糖尿病性腎不全の方が腎臓移植を受けられるときには独特の合併症がありますので以下のご説明をいたします。
 糖尿病では、すい臓からのインスリンが不足するまたはインスリンレセプターの障害により糖の代謝が障害された状態です。インスリンはすい臓から分泌されますが、代謝は主に腎臓です。すなわち、インスリンは腎臓で分解される為、糖尿病の方が腎不全で透析を開始されますと、インスリンの必要量が低下し糖尿病が良くなったかのようになります。透析により血糖も安定し、糖尿病性網膜症の進行もある程度抑えられるようになります。糖尿病では、その利尿作用により、電解質の異常や脱水、ケトアシドーシスなどを引き起こすことがありますが、腎不全の方はそのような合併症は起こしにくくなっているのです。
 しかし、糖尿病性腎不全の方が腎移植を行いますと、それらがなくなります。すなわち、インスリンの必要量が増加し糖尿病が悪化したかのようになります。インスリンの必要量が増加します。また、ステロイドという免疫抑制剤を使うために、糖尿病が腎移植後半年間では更に悪化します。 糖尿病性網膜症の進行は、血糖値に依存しており血糖コントロールが困難になるために進行する場合がしばしば認められます。
 糖尿病は血管系に合併症を来たすことが多く、動脈硬化を合併することがあります。そのため、手術が困難で、腎の血流に障害を生じたり、術後に、虚血性心疾患、脳梗塞といった合併症の頻度が高いと考えられます。
 また、糖尿病の方は感染を来たしやすく、免疫抑制剤の投与と相俟って感染症の頻度も高いです。
 糖尿病性腎症に対する腎移植は近年、その管理が進み本邦でも少しずつ広まってきました。しかしながら、腎臓移植後糖尿病腎症が悪化することから、出来ればすい臓との膵腎同時移植が理想的ですが、日本ではドナー不足もあり進んでいないのが現状です。
 一般的に50歳以上の糖尿病性腎症の腎移植の適応は、透析中にインスリンを必要とせず、経口血糖降下薬のみで、HbA1cが正常にコントロールされていること。心血管系に大きな合併症を有していないこと。脳梗塞の既往がない、あっても後側の状態が安定しており、脳底動脈、内頚動脈に閉塞性疾患がないことが挙げられます。
 糖尿病性腎症の腎移植の成績は、報告例が少ない為、大規模な統計はありません。一般的には1年生着率が70-90%程度、生着期間は一般の腎移植の半分5-7年と考えられています。

XVII.B型肝炎抗原陽性例の腎移植について

 B型肝炎ウイルス抗原陽性例では、以前は5年生存率で、そうでない症例に比較して、約40%生存率が低下するとされていましたが、抗ウイルス薬の開発に伴い、その成績は向上しています。
 現在では、数多くの施設でB型肝炎抗原陽性例の腎移植は行われており。その成績は、短期的には、肝炎陰性例差が余りありません。しかしながら、抗ウイルス薬には、白血球減少、腎機能障害といった副作用があると同時に、薬剤にウイルスが耐性をもつことがあることが知られており。その際には、肝炎に対する治療は無効です。本邦においてB型肝炎抗原陽性例の腎移植において少なくとも4例の激症化死亡例が報告されています。

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